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2003年02月10日

現代日本文学の翻訳・普及事業

早いものでとっくに2月なんですよね。デパートの食料品売り場でヤクルトを見つけたので買ってみました。何年ぶりだかなー。今月末は試験なので頑張って勉強しなければ。また、TAをしているクラスの課題がプログラミングではなくなったんですが、手書きの解答の採点は大変です。頼むから読める字で書いてくれ。私も人のことは言えませんが、それにしたって読めない解答が多いです。これに比べたらプログラミングの課題の採点は楽でした。中国人の学生の文字はさすがに綺麗で、彼等の前で漢字を書くのは実はかなり恥ずかしいです。数学用語などは英語ですべて把握しているとは言い難いので、そういう時は漢字が役に立つんですけどね。数学用語は一般的な辞書に載っていないものも多いので、そのような時は「数学英和・和英辞典」(共立出版)がなかなか便利なようです。

ところで、ちょっと古い記事になりますがニュースサイトを辿っていてひっくり返りそうになりました。文化庁の「現代日本文学の翻訳・普及事業」って、これは本気なんですか?(毎日新聞

内容を見る限り、税金の無駄だよーやめてくれよー。なにより「世界各国の図書館などに寄贈する」というところが気になります。海外にいる日本人としては迷惑でこそあれ、ちっとも嬉しくないです。万が一、この中の本をまわりの誰かが読んで私に話を振ってきたとして、私が「は?何それ」と言おうものなら私の方が物を知らないということになるんでしょうか。嫌だ、そんなの嫌すぎる。「指輪物語」の原作を読んだことがないと正直に言ってドイツ人に驚かれたばかりなのに・・・そりゃヨーロッパでは一般教養の一部なんだろうけどさー。ブツブツ。

せめていくつかを削って「現代日本のエンターテイメント小説」と銘打つならまだしも、この内容を日本人の教養の一部だとでもいいたげに披露するのはアイタタタ・・・。そう言ってさしつかえないのはこの中のほんの数冊(数人)じゃないかー。でも文化庁は本気でこれらすべてを「カラマーゾフの兄弟」や「ジャン=クリストフ」などと並べられると思っていかねないわけで・・・それはたとえるならば、ルーブル美術館でミロのヴィーナスの横に私が同じ格好で立つようなものであって(←言い過ぎか)・・・うわーん。ただでさえ日本人はお金使って海外で恥をさらしがちなんだから、これ以上変なことは極力控えて欲しいですよもう。

明治以降の作家なら、選ぶのに迷うほどたくさんあるはずですがね。選出済みの作家と川端康成・三島由紀夫はすでにかなり翻訳されているので除外するとしても、中島敦、安部公房、坂口安吾、太宰治、谷崎潤一郎、織田作之助、宮沢賢治、島崎藤村、志賀直哉、武者小路実篤、泉鏡花、坪内逍遥、尾崎紅葉、山田美妙、森鴎外・・・私がざっと思いつくだけでもこれだけあるんだから、いくらでも選択肢はあるじゃないかー!詩人・俳人も含めるともっとあるし。でも森鴎外がドイツ語になってドイツにきたら、それはそれでまた別の方向にちょっと恥ずかしいかも。

文化庁選出の内容で海外に出すのなら、いっそのこと5、6冊削ってその予算で手塚治虫を翻訳した方がどれだけ良いか知れません。というか、まず選考委員の選考からやり直してほしいですよ・・・とほほ。唯一楽しみな関心事があるとすれば、夢野久作という貧乏くじ、違った、大問題に誰が挑戦するのかは気になります。阿呆陀羅尼経(でしたっけ?)で翻訳作業が頓挫するような気もしますけどね。私は読んだだけで頭がどうにかなるかと思ったのに、あれを訳そうなんて勇気ある人は本当にいるんでしょうか。

投稿者 akiko : 2003年02月10日 03:32

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