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2004年02月09日

マサチューセッツの判決

最近のドイツは良い天気です。気温はあいかわらず低いんですが。でも、一時期よりは少しずつ暖かくなってきたような気がします。それにしても、道のど真ん中でのんびり写真を撮っていても大丈夫だとは、つくづく私はどんなところに住んでいるんでしょうか。

今年の2月8日は日露戦争開戦からちょうど100年でした。というようなことを私は今まであまり意識したことはなかったのですが、ここはヨーロッパです。ちょうど100年前、ロシアの侵攻に苦しめられていたトルコやフィンランド人にとって、バルチック艦隊を破った東郷平八郎元帥はいまだに英雄中の英雄なのだそうです。つくづく、ロシアは大きな国なんですね。

トルコ人の友達がいるのですが、彼に初めて会った時「日本人なの?日本人は強くてかっこいいね!」と言われて「な、なんの話?」とびっくりしてしまったことを思い出します。お恥ずかしい。そういえば、イランイラク戦争の際、どこの国も自国民の脱出を優先する中で、危険地帯に取り残された日本人を運び出してくれたのはトルコの飛行機でしたね。日本のことを良く思ってくれている国はいろいろあるのに、なんで日本政府はこんなに外交下手なのでしょうか。

アメリカのマサチューセッツ州で、同性婚を認める判決を最高裁が下しました。ゲイのメッカといわれるサンフランシスコを抱えるカリフォルニア州でもなければ、数字の上では男女比が半々だけれど実際は1:9だと言われるニューヨークシティを持つニューヨーク州でもないあたりが驚きです。

また、朝日新聞の記事にもありますが、バーモント州では既にシビルユニオン制度(制限付きパートナーシップ制度)が採択されています。が、今回のマサチューセッツ州の判決は完全に異性婚と同じ結婚として認めるというものです。大統領選が近いこともあって、これはマサチューセッツだけの問題では済まなそうです。再選を狙うブッシュ現大統領は同性婚に否定的です。アメリカといえばゲイが多い!というイメージがありますが、実はなかなかに保守的な国なのです。

こういったことに関してはヨーロッパの方がよほどおおらかです。異性婚とほぼ同等の法的権利と義務を世界で初めて同性カップルにも認めた国はオランダです(注:オランダ国籍もしくは永住権を持つ者にのみ適用)。相続、年金、税金、はては離婚にまで異性婚と同じルールが適用されます。

養子縁組においてのみ多少の制約がある(そのカップルが○年以上同居していることとか、海外からの養子は迎えられないとか)ようですが、それほど大きな枷ではありません。オランダでは同性愛者に対する差別は法律で完全に禁じられています。男女雇用機会均等法のようなものでしょうか。ちょっと違うかな。

まあオランダは、ソフトドラッグや売春などこれまで地下で行われてきたことを法の下で管理することによってブラックマーケットやマフィアを駆逐するというコペルニクス的転回な方針を取っている国なので、さして驚くようなことでもありませんが。

そしてオランダは確かに何でもありな国なのですが、権利には必ず義務がつきまとい、自分の行動の責任は自分で取れるという心構えが必要であることも明記しておきます。くれぐれも大人の振る舞いをお忘れになりませんよう。

また、制限付きではあるものの同性婚を認めたという点では、オランダよりはるかに早くデンマーク、ノルウェー、スウェーデンが実施しています。他にも、フランス、ドイツ、ベルギー、スイスにも同じような制度があり、制限の大小は国によって少しずつ異なります。どこの国も養子を迎えることについてが一番のネックになっているようですが、それを除けばベルギーやドイツなどでは異性婚と同じ権利と義務が保証されています。

オランダは元々移民の国でいろんなことに懐が深い国であるという背景があるのですが、カトリックの強いフランスでこのような制度が認められたというのは驚くべきことです。また、ヨーロッパは同性愛に寛容だとはいっても、ラテン系の多い国(イタリア、スペインなど)は多少違ってくるようです。

ひるがえって日本は、同性婚を禁じる法律(ブッシュ大統領は再選したらこれを連邦議会に提出するつもりだそうです)こそないものの、「婚姻は両性の合意においてのみ成立」するとなっています。このような国で同性カップルが社会的に繋がりを持ちたいと思った場合、どちらかがもう一方の養子になるという方法をとります。結婚と同等の権利とまではいきませんが、それなりにカバーできる方法です。

私個人としては同性婚が認められたところで自分にメリットがあるわけではありませんが、だからといって躍起になって否定する理由はどこにもありません。むしろ、自分にメリットがなくても、もしそういった制度によって不自由がなくなる人たちが少なからずいるのであれば、私はそれを支持します。社会の選択肢は多い方がいいと思うし、第一、性的嗜好というプライバシーの最たる部分は、すべての人が同じように尊重され侵害されずにあるのが望ましいと思うのです。なので、国家レベルで個人の嗜好に土足で踏み込んでいくような真似にはあまり賛成できません。

熱心なカトリック教徒で同性愛には賛成できない、どうしても感覚的に受け入れられない、それは大いに結構です。しかしそれは個人の思想にとどめておけないものでしょうか。そのように主張する権利があるように、そうでない人たちにも同じように主張する権利があると思うのです。

そして、そうでもしないと国が立ち行かないとかただでさえ少子化がとか言われそうですが、そんなことは同性婚を認めようが認めまいがどのみち変わらないのではないでしょうか。同性愛者に向かって、いいから異性と結婚して家族を持てと言うのは、犬に向かって猫になれと言うようなものだと思うのです。

投稿者 akiko : 2004年02月09日 20:44

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